第2集燕山夜話-17「事事関心」

燕山夜話

事事に関心をもて

 “風の声、雨の声,読書の声,声声を耳に入れ; 家事、国事、天下の事,事事に関  心をもて。”
 この句は、明代の東林党党首であった顧憲成が撰句揮毫した対聯[左右一対の書、門には木板に書いた作品が多い]である。遥か、三百六十年まえのことである。機会があって、無錫を訪れることがあれば、「東林書院」旧跡、この遺墨が掲げられた門柱のあたりまで足を延ばし、往時をしのぶことをおすすめしたい。
 なぜこの句を持ち出したかというと、数人の友との雑談で、話が読書に及び、それが弾んで、昔の人は読書に耽るが政治目的を持たず、多くが読書の為の読書の、いわゆる「死読書」であった、というところに行きついた。この認識にはどうも納得がいかないので、なにか証明するものはないかと思案中に、この対聯がふと浮かんだ。この対聯はあまり知られていないので、この機会に紹介しようと思う。
 上の聯は、講書院の環境は、学を志す人が専心読書するのに、よろしい場所だという意味だ。この十一字は、自然界の風雨の声と読書の声が織りなす一片の情景を生き生きと描写するもので、訪れた人をして、ふと往時の東林書院に身を置いて、今にも一片の朗読や講義の声が、天籟と一体になって聞こえてくるのでないかと疑わすのである。


東林書院 園内

 下聯の意味は、書院で学ぶ者はみな政治に関心を持てとのべている。この十一文字は当時の東林党人の政治上の抱負を表したものである。己の家事に汲々とせず、国家の大事と世界の事情に関心をもてと主張している。当時の人々は、天下には中国の一国のみならず、外に多くの国家があることをすでに知っていた。彼らは天下と国家の事を並べて掲げ、これが世界の大事であり、本国に限ることでないとした。
 聯の上下を一貫して眺めると、その意味が一層鮮明になる。要は、読書に専心して、政治に関心を抱けと説き、両面の緊密な結合を求めているのだ。しかも、上聯の風声、雨声も二つの意味を掛けている。即ち自然界の風雨と政治上の風雨を言わんとしているのだ。したがって、この一幅の聯が語るところは実に意味深長である。
 現在の眼から見れば、東林党人士の読書と講読は、政治目的を備えていたことは明らかだ。歴史的制約がどうであれ、かれらは封建制度維持のために政治闘争を行ったのだ。世事に眼も触れず読書に励みひたすら功名禄位を追求した一連の人達よりも、よほど進歩的だといえよう。
 顧憲成や高攀龍等の東林党を代表するメンバーは、当時政治上の正邪両派を区別するのに、「君子」と「小人」の区別しか知らなかった。顧憲成は述べている、“京官にして忠心ならず主に事へ、地方官にして民生に留心せず、郷里に隠居して正義を講求せずんば、君子を称するに配(あた)らず”
[京に中央官吏として、忠心なく宮仕えする。地方官にあり、民生を重視しない。隠遁後青年を教育し正義を講求しない、この三者は君子と称する資格なし]、と。 顧憲成が亡くなり、高攀龍が東林のあとを引き継いだ後も、「君子」と「小人」を以て当時の人物を品評し、万暦・天啓年間の時政を議論した。彼らの思想は、根本的に、宗儒の理学、特に程、朱学説の範囲をでない。顧憲成が講義した東林書院は、もとは宋儒楊亀山が創立した書院である。楊亀山は程灝・程頤両兄弟の門弟であり、“二程の学”の正統な後継人であった。朱熹等は楊亀山の弟子であった。顧憲成が東林院を修復した折に、顧は程朱学説を講じるもの、とりもなおさず楊亀山の衣鉢を継承するものである、ときっぱりと宣言している。彼の身辺から、反封建の革命要素の片鱗を探し出そうとしても、無駄なことであろう。
 我々には、いわゆる東林の遺風を復興する必要はなく、永遠に古老として歴史遺跡に収まっていただきたい気持ちである。読書に努力し、政治に関心を持つ、この二面を緊密に結合させる道理がわかればそれでよいのだ。

顧憲成

 一方的に読書を強調し、政治に関心を失う。或いは、一方的に政治を強調して、読書に努力を払わない、これらは全て極端に走る誤りである。読書をせずに政治を空談する人は、口だけの政治家であり、まともな政治家ではない。全く読書をしない政治家の存在は考えられない。同様に、政治を問わずに読書一辺倒の人は、無用の本の虫けらで、けっして学問を正面から追求する学者ではない。真の学識を有する学者は政治に無関心でいられない。全く政治が理解できない学者は、どんな弁護があっても彼の学問は不完全であろう。この点から申して、いわゆる“事事関心”は、一切の知識はすべて奮励努力の結果の意を含むのである。
 読書に努力すればするほど、政治に関心が湧くことは、考えれば考えるほど明らかなことである。古人はこの道理に明るく、この道理を高揚してきたが、まさか我々は古人にかなわぬ筈がない、こんな道理は誰でもわかることだ。なにはともあれ、我々は古人よりもさらに賢く、より深く、透徹した知恵袋の主になるべきだ。

【 掲載当時の時代考証と秘められたメッセージ 】

「事事関心」 ひとそえ

 日本の宮中や将軍家の政治の場には見当たらず、中国の王朝には幾度も見受けられる事柄に宦官とそれに対抗する党派人士との政争があります。今回は明代末期の東林党という反宦官派の知識人グループの話題です。宦官が隠然たる勢力や権力を持ったのは何故か?皇帝が宦官寄りに傾くのはどうしてだろう?といった考察は今回の主題から離れるので深入りを避けます。
 「事事関心」:中国語の「関心(guan xin)」は日本語の「関心(かんしん)」とは意味の深さが異なります。家事・国事・天下大事などに「関心(かんしん)を持つ」と日本語的解釈をすると傍観者的な印象が残る一方、中国語の「関心」には事事に「かかわる」本気度が
重視され、「commit」に近い責任や関与の語意に重なりそうです。

東林書院 正門

 作者の鄧拓が東林党の故事を持ち出しながら深入りせず、とても生真面目に読書せよ、政治に関われと主張した意図は何か?まさか1960年初頭にも本を読まず政治を傍観し、躺平(ねそべり)族的な事なかれ傾向が蔓延していたわけではないでしょうが・・・
 事事に関心のある方は「関係(guan xi)」と「関係(かんけい)」の違いについても考察されてはいかがでしょうか?

文・井上邦久

事 事 关 心 原文

 “风声、雨声、读书声,声声入耳;
 家事、国事、天下事,事事关心。”
 这是明代东林党首领顾宪成撰写的一副对联。时间已经过去了三百六十多年,到现在,当人们走进江苏无锡“东林书院”旧址的时候,还可以寻见这副对联的遗迹。
 为什么忽然想起这副对联呢?因为有几位朋友在谈话中,认为古人读书似乎都没有什么政治目的,都是为读书而读书,都是读死书的。为了证明这种认识不合事实,才提起了这副对联。而且,这副对联知道的人很少,颇有介绍的必要。
 上联的意思是讲书院的环境便于人们专心读书。这十一个字很生动地描写了自然界的风雨声和人们的读书声交织在一起的情景,令人仿佛置身于当年的东林书院中,耳朵里好像真的听见了一片朗诵和讲学的声音,与天籁齐鸣。
下联的意思是讲在书院中读书的人都要关心政治。这十一个字充分地表明了当时的东林党人在政治上的抱负。他们主张不能只关心自己的家事,还要关心国家的大事和全世界的事情。那个时候的人已经知道天下不只是一个中国,还有许多别的国家。所以,他们把天下事与国事并提,可见这是指的世界大事,而不限于本国的事情了。
 把上下联贯串起来看,它的意思更加明显,就是说一面要致力读书,一面要关心政治,两方面要紧密结合。而且,上联的风声、雨声也可以理解为语带双关,即兼指自然界的风雨和政治上的风雨而言。因此,这副对联的意义实在是相当深长的。
 从我们现在的眼光看上去,东林党人读书和讲学,显然有他们的政治目的。尽管由于历史条件的限制,他们当时还是站在封建阶级的立场上,为维护封建制度而进行政治斗争。但是,他们比起那一班读死书的和追求功名利禄的人,总算进步得多了。
 当然,以顾宪成和高攀龙等人为代表的东林党人,当时只知道用“君子”和“小人”去区别政治上的正邪两派。顾宪成说:“当京官不忠心事主,当地方官不留心民生,隐居乡里不讲求正义,不配称君子。”在顾宪成死后,高攀龙接着主持东林讲席,也是继续以“君子”与“小人”去品评当时的人物,议论万历、天启年间的时政。他们的思想,从根本上说,并没有超出宋儒理学,特别是程、朱学说的范围,这也是可以理解的。因为顾宪成讲学的东林书院,本来是宋儒杨龟山创立的书院。杨龟山是程灏、程颐两兄弟的门徒、是“二程之学”的正宗嫡传。朱熹等人则是杨龟山的弟子。顾宪成重修东林书院的时候、很清楚地宣布,他是讲程朱学说的,也就是继承杨龟山的衣钵的。人们如果要想从他的身上,找到反封建的革命因素,那恐怕是不可能的。
 我们决不需要恢复所谓东林遗风,就让它永远成为古老的历史陈迹去吧。我们只要懂得努力读书和关心政治,这两方面紧密结合的道理就够了。
 片面地只强调读书,而不关心政治;或者片面地只强调政治,而不努力读书,都是极端错误的。不读书而空谈政治的人,只是空头的政治家,决不是真正的政治家。真正的政治家没有不努力读书的。完全不读书的政治家是不可思议的。同样,不问政治而死读书本的人,那是无用的书呆子,决不是真正有学问的学者。真正有学问的学者决不能不关心政治。完全不懂政治的学者,无论如何他的学问是不完全的。就这一点说来,所谓“事事关心”实际上也包含着对一切知识都要努力学习的意思在内。
 既要努力读书,又要关心政治,这是愈来愈明白的道理。古人尚且知道这种道理,宣扬这种道理,难道我们还不如古人,还不懂得这种道理吗?无论如何,我们应该比古人懂得更充分,更深刻,更透彻!

木下 国夫・藤井義則 校正

燕山夜話 第2集17話(通算47話) 事事关心