華人研3月例会が奇しくも3.11.に重なった。
昨年3月に長い中断を経た再開第一回目の講演を、昆曲研究家の友人に引き受けてもらい例会を決行できた。その後も感染対策を続けながら恐る恐る毎月第2土曜日に例会を継続してきた。
一年後の3月の例会は、四川省を中心に伝わる伝統芸能の「变脸(変面)」の実技と講演を企画した。例月は感染対策も考慮し、20~30人の定員を守り、ほぼ固定した参加者で座学を中心としてきた。そのオキテとシキタリを踏み外した小さな変革志向であった。
昨年秋に届いた在京ジャーナリストからの紹介を信頼根拠として、素朴な「ヨミとカン」を頼りに準備作業に取り掛かった。窓口の一社アジア芸術文化促進会との交信を通じて、王文強代表と山本晶共同代表の活動理念や実績を初歩的に把握していった。
まずは東京からの招請費用の予算化、安全で広めの会場手配、参加者の動員予測、少人数のメンバーでの運営、効果的な情報宣伝活動など想定される検討テーマに取り組んでいった。こんな時には祖母の九州弁の口癖「馬には乗っちみよ、人には添うちみよ」を思い出し、「できない理由を挙げればキリがない、できる工夫をしてみよう」と標準語訳して、ドン・キホーテ的に動く流儀なので、周りに迷惑をかけてしまう。それでもロシナンテ号は一歩ずつ歩みを進めた。
幹事でデザイナーの2人が、早々に作ったチラシ二種類が華人研の対外開放政策の第一歩となった。印刷時には黒インクをたっぷり消費するインパクトの強い案内状を公開したところ、年初早々から参加申込が始まった。会場予約の抽選会で、当日午前、午後の枠が使えないことが判明したが、途方にくれることなく東京に事情を伝え、夜間の登壇をお願いしたところ快諾して頂き、冷や汗をかいただけで済んだ。(当然、宿泊代は加算)
聴覚障がい者からの手話通訳者手配の要請が届いた。大阪ろうあ会館に問い合わせたところ、諸手続きを丁寧に教えてくれた。登壇者には当日配付資料の先行作成を依頼した。情報保障という言葉や法令を学ぶきっかけになった。(当然、手話通訳者の派遣費用は加算)
開催直前に登壇者経由で領事館員三名の参加の意向が届いたが「登壇者知人としての対応、参加料は割引しない、自由席」というこれまで通りの普通の対応をすることを伝えた。
3.11.が近づくとメディアから地震関連の発信が増え、「梅田津波」「半割れ」などという言葉が巷に溢れた。会場はまさに梅田の築50年の高層ビルの5階で、下見を重ねる中で「異常時にはアナウンスに従って下さい」という説明だけでは物足らず、非常口の案内表示も乏しく感じたので、開催前に登壇者・幹事・助っ人スタッフが揃って、広い非常口への導線確認を行った。また自ら階段を歩くことで5階までの上り下りの負荷を実感した。そして冒頭の主催者挨拶でスタッフの紹介とともに参加者に安全第一の方針を伝えた。
楷書風の挨拶原稿について内輪からアドリブも加えてはどうかと助言もあり、その伏線も準備していたが、手話通訳者に渡した原稿をみだりに崩すと迷惑になることに気付き、草書風は控えた。お二人の通訳者の奮闘もあり、「变脸(変面)」の実技の魅力と伝統芸術の俗化を避けつつも、その変革を目指す王文強さん・山本晶さん夫妻の熱弁のお陰で華人研初の新企画は順調に進行した。
春宵一刻値千金(蘇東坡)を口にしたせいか、閉会後に急に空腹感が襲ってきた。
(井上邦久)
当日レポート
会場前方のスクリーンに見る人の期待感を上げてくれるような中国の美しい映像が流れだす。
満を持して開場となり、続々と入ってくる参加者、華人研始まって以来の運営側も少し浮足立っているように感じる。いつもより広い会場に用意された座席はあっという間に埋まっていった。
予定時刻通りの午後7時に司会者よりの案内が始まった。今回は手話通訳も入る。
実演・講演と大事な非常時の避難経路の案内の後、山本氏より変面について簡単な説明がされた。
中国語の「变脸」の直訳は実は変“顔”らしいが、変顔では変なイメージになるので変面となったらしい。なるほど。变脸の読み方(Bian Lian)を教えてもらい、皆でそれを復唱しながら王氏の出番を待つ。
いよいよ公演開始、大音量の音楽が会場に流れ、さらに会場の期待感が高まる。
煌びやかな刺繡が施された衣装を身につけた王氏が登場。もちろんその顔には面がついている。
そこから10分ほどの公演中にめまぐるしく面が変わっていった。
面に合わせて動きも変えながら止まることがない。
舞台上ではなく目の前で披露される変面に参加者は釘付けになっていた。
中央には花道が用意され、王氏は参加者とグータッチをしながら会場を盛り上げていく。
近くで見ても横から見ても、どうやって面を変えているのか全くわからない、さすが国家機密級の絶技だ。
最後は王氏の素顔が出て公演終了、圧巻のパフォーマンスに会場からは大きな拍手が送られた。
王氏が楽屋に消えた後は山本氏が引継ぎセミナーが始まった。
ここからは再び手話通訳が入る。
活動の内容や王氏の素顔ではなく変面の姿にビビビッときた話等、時々参加者の笑いを誘いながら進んでいった。
再び王氏が登場し、更に変面についてスライドだけではなく時には舞台の映像も見せながら詳しく説明していく。
役柄や喜怒哀楽の変化を表現する手法で面に合わせて動きを変えるらしい。孫悟空の面の時は孫悟空の動きをするし、女人の面のときは女らしさを出す、これがズレるとおかしくなるのだ。
今までは変面役者は舞台上では話せなかったが、面の仕様を少し変えて話しながら変面するという新たな試みの舞台もされているようでとても興味深かった。
師匠への弟子入りの際のエピソード、いただいた扇が古くてケチだなと思った話、少し本音が見えて面白かった。(ちなみに新しい扇は使いにくいため使い込んだ扇を渡した。)
変面は見ていてとても面白い、SNSや動画で見てやりたい人が増えているらしいが、道具だけ揃えてやってみるというアマチュアもいるらしく、芸術としての質が下がってしまうことが懸念されている。
ちなみに出す面を間違ってしまうこともあるらしい、そこで慌てずに挽回できるのがプロとのこと。
質問応答の後、特にトラブルもなく華人研は無事に終了した。
手話通訳の2名は急なアドリブや映像が入る等して、大変だったかと思うが、さすがプロしっかりと対応していただき感謝しかない。
終始にこやかに対応され多くの参加者が変面と王氏のファンになったと思う。
(永塚由美子)