藤嶋大介
先般、大阪商工会議所での福本智之氏の講演『中国減速の深層』を聴講した。福本氏は32年に及ぶ日本銀行での勤務の中で、在中国大使館一等書記官、日銀北京事務所長などを通じて中国での経験が豊富である。昨年4月より大阪経済大学経済学部教授として教鞭をとっておられる。
本年6月に『中国減速の深層―「共同富裕」時代のリスクとチャンス』(日本経済新聞出版)という著書を出版され、今回のご講演はその内容について分かりやすく解説頂いた。主に中長期の視点で、中国にどれぐらい成長の余地があるか、またイノベーション力やデジタル化、脱炭素などの話も踏まえて、3つのシナリオを提示された。
- 中国の中長期成長見通し
中国の成長を中長期で見通す上で一番重要なことは、中国が改革開放を今後も続けるかどうかである。中国政府は、2035年の長期目標として明確に何%とは明言していないが、習近平の演説によると、2020年からの15年間で名目GDPを2倍にするとしている。これを基に換算すると、年率4.7%ずつ成長することが必要になってくる。
米中対立は今後も構造的に続くと見られており、中国は米国を非常に意識していると言われている。上の試算によると、米国経済が1.6~1.8%で成長するとして、中国が4.7%の成長を続けると、2035年の少し前で米国を追い抜くという計算になる。
2. 日本と比較した中国の発展段階
2019年時点で、中国の1人当たりGDPは米国の0.23倍であり、これは日本でいえば1957年当時と同規模である。中国の第一次産業就業人口比率も足元の2020年では14.2%で、日本でいえば1972年ぐらいの状況であり、成長の余地はまだあるといえる。また、生産年齢人口のピークは中国では2015年で、日本でいうと1995年頃である。全体的にいえば、中国の経済状況は日本の1970年半ばぐらいと言え、中国の成長の余地はまだまだあると考えられている。
一方で、中国の中長期成長を左右する悩ましい点であるが、それは総人口がもうすぐ減り始めるという点である。また、その他の懸念材料として習近平が言い始めた「共同富裕」がイノベーションを阻害するのではないかという点、デジタル化は続けられるのかという点、世界の3分の1を排出している脱炭素の問題があり経済成長と両立できるかという点、バブルが崩壊しないかという点、などがある。
3. 人口動態
最新の国連人口予測が先日発表されたが、中国の総人口予測は下振れ、今年もしくは来年から中国の総人口は減り始めることが明らかになった。中国の2020年の合計特殊出生率は1.3となり、中国政府の発表の1.6よりもかなり下振れた。二人っ子政策や三人っ子政策はうまく行っていないといえる。インドがもうすぐ世界最大の人口国となり、2100年にはインドの人口は現在からほぼ横ばいとなり、中国の人口の2倍となる。高齢化の進展により、中国の家計の貯蓄率は下がり、中国国内で資金調達ができず、投資が減ることが予測される。
中国では定年が日本より早く、男性が60歳、女性が55歳である。中国は今後、AIやロボットを相当活用することが考えられる。世界で見ても、中国は産業用ロボットの導入台数で断トツの1位。少人化により、人手不足は十分補えると考えられている。
4. 共同富裕とイノベーション
社会主義国がなぜここまで成長するのかというと、ひとえに改革開放である。神戸大学の梶谷懐教授が「権威的な政府と活発な民間経済の共犯関係」と言っており、言い得て妙だ。中国の官僚が目をつぶった結果、中国でイノベーションがどんどん生まれた。中国では、やっていけないこと以外はやっていいという言葉がある。一方で、一部の産業においてプラットフォーマーなどを規制するなど、イノベーションに逆行する動きも出てきている。しかし、それは民間経済を統制するということではなく、行き過ぎた動きに対する対策を打ったということである。
共同富裕は大事であると習近平が思っているのは確かだ。毛沢東が言い始めた言葉であり、鄧小平も先富論の中でその言葉を出している。習近平は第3期以降にもアジェンダにしたいと考えている。習近平は、共同富裕についての重要なスピーチを行っているが、決して毛沢東の時代に戻ったのではなく、アントレプレナーを奨励するもので、先富論も否定していない。しかし、最近では「共同富裕」という言葉を使わないようにしてきているようだ。その背景として、民間経済に配慮するようになったことがある。共同富裕は、中間所得層を増やすための所得倍増計画でもある。その点には注目すべきである。
5. デジタル化
2010代に中国でデジタル化が進み、中国経済の減速は止まった。特に第三次産業のデジタル化はものすごい勢いで進んだ。プラットフォーマー中心のインターネット経済が大きく進展した。プラットフォーマーはビッグデータを活用したエコシステムを形成し、消費パターンを変化させた。しかし、独占禁止の観点から、プラットフォーマーに対する規制も進んだ。今後は、第一次・第二次産業のデジタル化が中国で伸びることが予想される。IoTによるスマート生産やドローンを使ったスマート農業なども進むだろう。人手不足の中国の農村では、ドローンなどを使ったスマート農業が急拡大している。日本の農水省の役人が言っていたが、日本では農水省や国交省などとの調整がたいへんで進まないが、中国では日本よりどんどん先に行っている、と。
AIに関する学術論文数も中国は非常に伸びており、アメリカを抜いた。14億人のビッグデータを用いたディープラーニングの千本ノックでどんどん伸びている。データサーバーも中国西部にどんどん建設しており、沿海部のビッグデータを西部のデーターセンターで分析している。かつて、運河建設では「南水調」、電力政策では「西電東送」などと言われたが、中国は大きなビジョンをつくるのがうまい。中国のデジタル化はまだまだ進むと言われている。
6.脱炭素
習近平は国連演説において2060年の中国のカーボンニュートラルを宣言した。中国では、20数機関が入って、中国の政策についての調査プロジェクトを立ち上げており、そこでの結論として2060年にはカーボンニュートラルが達成できるとしたものを、習近平は発表したと言われている。そこでは、先進国のカーボンニュートラル関連技術を中国にも導入できるものという計算もあった。現在のところ、石炭火力に6割を頼っている中国だが、2050年には再生可能エネルギー比率を8割まで高めるとしているが、それもかなり周到に計算している模様である。
7. 金融リスク
中国の金融リスクは起こるのか。その懸念はある。民間債務の対GDP比率を見たマクロレバレッジは高まっており、過去にはマクロレバレッジが高まると金融危機になっているので、注意が必要である。中国の金融リスクは実際に高まっている。すべてのシステミックリスクに関わっているのが不動産なので、不動産の動向には要注視。
実際には中国はソフトランディングすると見るほうが可能性は高いといえる。理由としては、1つに中国政府による不動産に対するコントロール力が強いという点がある。また、中国のデベロッパーは、地方政府から土地を買うので土地の供給を止めやすいという点。また、中国の不動産セクターには国有が比較的多いという点。他には、価格に対して厳しい統制をかけているという点もある。一方で、S&Pによると、中国の不動産デベロッパーの2割が破綻するレベルにあるという情報もある。
8. 米中対立
バイデン政権のスタンスとして、中国は唯一の競争相手とするなど、「3つのC(=COMPETITION競争、CONFRONTATION挑戦、COOPERATION協力)を掲げている。従って、構造的にこれからも米中対立は続くものとみてよい。一方の中国は「抱きつき戦略」(=持久戦)に持ち込みたい。
米国のビジネス界は楽観的ではあるが、ゼロコロナ政策の長期化に対しては、いら立ちを隠せない。EUの中国商工会議所も脅迫的な姿勢をとっている。
中国の半導体需要はアメリカと並ぶ規模となっており、世界の半導体メーカーは、中国で売ることができなくなると、次のキャッシュフローが稼げない。米国では、中国企業規制の適用例外措置を申請しており、ファーウェイ向けでは64%、SMIC向けは91%が例外適用で出荷されている。米中は殴り合いながら商売を続けている。日本企業もインテリジェンスを効かせて経済安保に注意しつつ、うまくやっていかないと、米欧企業に商売を取られてしまう。
9.3つのシナリオ
1つ目のシナリオとして良好シナリオ。AIやロボットを使い、全要素生産性(TFP)を維持できることが前提のシナリオである。これによれば、15年間で中国はGDPを倍増することができる。
2つ目のシナリオはリスクシナリオ。改革開放が低下し、米中対立が悪化した場合。このシナリオでは15年間でGDPは1.7倍に留まり、アメリカに引き離されることとなる。
3つ目のシナリオは、1つ目と2つ目の間のベースライン・シナリオ。それなりに改革開放が進み、デカップリングもそんなに起こらない場合で、15年間でGDPは1.85倍になる。アメリカ経済は追い抜けないが、アメリカと中国が同じぐらいの水準になる。
それぞれのシナリオの発生確率は20%、20%、60%と考えている。
10.中国の短期の経済見通し
中国経済の2022年第2四半期(4~6月)は失速した。背景にはゼロコロナ政策の影響がある。V字回復は無理でU字回復が見込まれる。背景には世界経済の減速と、中国の不動産市況の弱さがある。
ゼロコロナ政策により、経済活動は抑制されている。10月16日からの共産党大会に向けて、ゼロコロナ政策は強化されているといえる。若者の失業率が上がりっぱなしであり、要因として、かつては800万人ほどの大卒卒業生が、現在では1000万人以上に増えているが、大卒者の就業先である民営企業や塾などへの規制が影響している。
昨年より不動産規制が強まり、不動産の販売はマイナスが続いている。住宅ローンの支払い拒否問題なども起こっている。地方政府の土地売却収入も減っている。地方政府の財政の4割程度を土地売却益が占めるので、決して小さくない。
構造的不況の要因が高まっている背景として、中国では一軒目の住宅購入平均年齢が27歳だが、25~34歳の年齢層人口がピークアウトしており、その層の人口減少が激しいことが、住宅購入数の低下に影響してきている。日本でも、一軒目の住宅購入平均年齢が40歳だが、1980年代に35~44歳の年齢層人口が減少に転じたことが、日本のバブル崩壊の主要因になったと言われている。中国政府は追加経済対策を打ってはいるが小粒。地方債も増えない。共産党大会までは、慎重に対策を打っている模様である。
IMFも、中国の予測を下げている。2023年に5%を割るかどうかが焦点である。
福本氏は最後に、様々な要因はあるが、中国ビジネスはチャンスであり、中国市場を捨てる選択肢はない。中国から学ぶ姿勢も必要。中国は市場が大きいので、ニッチといえども売上は大きいので、選択と集中が大切。インテリジェンスを高める活動も必要。個社でロビー活動できないなら、政府との関係構築も考えるべきである、と締め括った。 以上
「ひとそえ」 井上邦久
藤嶋大介氏はパナソニック総研にて、識者への接触とともにセミナー(華人研も含む)に積極的に参加しています。
今回の報告は、姫路で生まれ、京都で学び、日銀・中国大使館などで働いた後、大阪で教鞭を執り始めた福本智之氏の講演の報告抜粋です。書評などで取り上げられることの多い福本氏の新著の内容を講演では整理して語られ、それを藤嶋氏が簡潔に纏めたものです。