中国での環境対策や生態系保全(セミナー余話)

投稿

井上邦久

 4月、長年にわたり中国の環境問題や環境政策について調査研究を続けてこられた中島弁護士に報告をお願いしました。運営者の理解や参加者への説明不足で、中国環境がテーマと言えば10年くらい前までは、「おどろおどろしい」環境破壊をイメージして来られた方が多かったかも知れません。

 上海近郊へ進出した製造企業が、操業後の環境規制の強化で移転を余儀なくされる例に多く接してきました。酷い環境破壊は報道されても、徐々に改善されている実態を採り上げるメディアは少ないなか、中島弁護士からのリアルな報告は貴重でした。

 印象的だったのは、「住民からの環境破壊に対する訴訟案件は多いが、司法判断が出ることは少ない。だが係争中に行政が問題案件を先に解決してしまう」ケースの紹介でした。裁判で白黒をつけない、責任の所在は外部から追及されない、ただし住民の環境状態は一義的に改善されている、ある意味で「三方よし」ではないかと、自分なりに解釈しました。また住民の怒りの根源には高邁な理念もあるでしょうが、それ以上に化学工場などの新設によって所有する住宅価値が下がるのを嫌うことの方にあるようです。

 続いて7月、厳善平教授に安徽省の農村から大学進学や留学を果たした体験に基づく『三農政策』をざっくばらんに語って頂きました。

 案内チラシにも活用した写真は、厳先生が撮影したもので現実を鋭く切り取った画像として、示唆に富む解説の材料にされました。

 今年も春節明けに発布された2023年一号文件(中共中央 国务院关于做好2023年全面推进乡村振兴重点工作的意见)の分析と20年余りにわたり党・政府一号文件(その年の最重要政策とされる建前)に農業政策が掲げられてきた意味、それだけ重視された農業問題がどのように変化したかを詳しい資料に準拠して解説されました。

 人口動態、戸籍政策、所得格差、権利格差、移動実態の視点から、農業問題が中国の根幹に関わるものでありながら、それでいて長く軽視されてきた事情を知りました。メディアから伝えられる機会の少ない農村戸籍と都市戸籍の二本立て制度の目的、その戸籍制度が撤廃されたとする報道と実態の違い(戸籍ではなく住民票の移動の自由のみ)についても刮目させられました。

 今までのセミナーテーマとして、第一次産業に注意を払わず、第二次産業、第三次産業に偏った企画を続けたことを反省させられました。

 酷暑の夏は一休みして、9月に「トキ」の再生について遠来の森康二郎さん(京大農学部→環境庁→日中トキセンター)に語って頂きました。絶滅した日本野生のトキの再生と日中間の協力を終始見届けてきた体験、東アジアの歴史・地理を俯瞰しながらトキの未来に思いを馳せる視点が印象的でした。中国と日本の間に位置する朝鮮半島で最後にトキが確認されたのは38度線の休戦ライン付近の湿地であったという話から北朝鮮で発見される可能性にも想像の翼が拡がりました。泥鰌や蛙を餌とするトキには、農薬を多く使用しない湿地が必要条件の一つなので、第一次産業政策と背中合わせの生き物かも知れません。

 トキの生息地である中国西北地域から少し北に位置する黄土高原の一隅で、30年にわたり植林緑化や地域産業育成の活動を継続しているNGO「緑と地球のネットワーク(GEN)」副代表高見邦雄さんから直近の現地報告を10月に聴きました。

 手作りのNPOや「国進民退」傾向が加速するなかで、NGO活動の居心地の悪さについて個人的には危惧と疑問を感じていました。黄土高原にこつこつと苗を育てた土地が地元行政機関に召し上げられて緑地公園になる、高層マンション群がすぐ近くまで押し寄せている、風力発電の風車が林立している・・・というリアルな報告内容もありました。高見さんは長年にわたり中国社会で体験してきた変化への対応力、現地の人に密着してきた親和力、商品作物栽培などで培った経済力について穏やかに説明されました。併せて中国での活動と日本での学習を並行して行うことを通じて築いたネットワークの持続力を知り、多くの老若男女に身近な公園や里山での体験講習を通じて、生態系に眼を向ける機会と啓発力を感じました。

 地球の表土を傷つける行為(戦争・乱開発・地球規模の災害・・・)が続く中でのセミナーで、報告者各位からグローバルな視野と生態系への理解に溢れた報告を聴き、丁寧な質疑応答によって意識と情報の深耕ができました。

四名の「語り部」に感謝致します。               (2023年11月)