「書店」から見た台湾社会の変遷(1月セミナー余話)

西川廉平

 1月のセミナーは、大阪・南森町で古書店「フォルモサ書院」を営む永井一広さんによる「書店から見える台湾」だった。ご自身が翻訳を手がけられた書籍「台湾書店百年の物語」をテーマとした内容で、開催当日の1月13日は奇しくも台湾総統選の投開票と重なっていたこともあり、民主化され、言論の自由も保障された今の台湾社会と対比しながら、「本への愛情」が溢れる永井さんのお話を興味深くうかがった。

 書籍「100年の物語」の第一編は「日本統治時代」から始まる。その時代の代表的な存在が「新高堂(にいたかどう)書店」で、小・公学校に卸す教科書を独占的に扱い、当時の台湾で最大の書店となった。日本語による植民地教育を普及させる役割を担うと同時に、近代教育制度の下で多くの台湾の知識人を育てることにもつながった。

(セミナーで紹介のあったこの新高堂書店は戦後、東京・中目黒に拠点を移して営業を継続してきたが、昨年末に閉店するというニュースがあった。全く偶然なことに自分はその閉店時の様子を取材していたので、関心のある方はご参考にして下さい。

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 1920年代になると政治意識を高めた台湾知識人による書店設立の動きが活発になった。「台湾人が経営する書店が一軒もない」という思いから、民族運動家として知られる蒋渭水が「文化書局」を設立し、中国新文化運動や唯物史観の書籍を紹介した。こうした社会運動の拠点になった書店は当然当局から目を付けられ、30年代には姿を消したという。

 日本の敗戦後は、国民党政府が台湾の新たな支配者となった。大陸から渡ってきた国民党政府を「青天白日満地紅旗」を掲げて歓迎した書店の一つに「三民書局」があった。オーナーは蒋渭水の弟、蒋渭川で、台湾「光復」後に国民党に入り、店の入り口には孫文や蔣介石の写真を飾った。皮肉なことにそれほど「祖国」に忠誠を誓ったものの、47年に起きた本省人弾圧「二二八事件」では治安当局に踏み込まれ、蒋渭川を狙った銃弾が流れて四女に命中し、命を失ったという。数々の外来支配者に翻弄されてきた台湾本省人の悲哀を感じさせるエピソードだ。

 時代は一気に飛んで、セミナーでは2019年に東京・日本橋に開業した「誠品書店」の紹介もあった。デザイン性の高い店づくりが特徴で、自分も当時、勤務地が近かったこともあり開店直後に足を運んだが、「蔦屋書店をコピーしたような店」というのが第一印象だった。だがそれは全くの勘違いで、実際は誠品書店の方がオリジナルで、蔦屋書店がそのコンセプトを参考にした聞き、驚いたのを覚えている。

 今回の総統選を見ていても、台湾は今やアジアで最も自由で民主的な社会の一つとなったと改めて印象づけられた。当たり前のように思える自由な空気も、植民地支配や戒厳令といった過酷な時代をくぐり抜け、ようやく手にしたものだという経緯を振り返る上でも、非常にタイムリーで興味深いセミナーだった。