手を放せば下は地面
ここ数日古い本を整理していたら、たまたま明代の劉元卿が書いた『応諧録』を引っ張りだした。頁をめくるとこんな文章があった。
“有盲子过涸溪桥上,失坠,两手攀楯,兢兢握固,自分失手必坠深渊。过者告曰:无怖,第放下几即实地也。盲子不信, 握楯长号。久之,手惫,失手坠地。乃自哂曰:嘻,蚤知道是实地,何久自苦耶?”
書き下し文[盲子有り涸渓橋を過ぎ、失墜す、両手楯を攀じ、兢兢として握固し、手を失すれば必ずや深淵に墜つを自ら分く。過者告げて曰く、怖れることなかれ、ただ放下すれば即ち実地なりと。盲子信じず、楯を握り長号す。これ久しく手憊し失手し地に墜つ。即ち自らわらいて曰く、是実地たるを蚤知すれば何ぞ久しく自ら苦しまんや。]
現代語訳[一人の盲者が涸れた谷川の橋を渡ろうとして、落ちかけた。両手で欄干の横木を捉まえて、恐さから力の限り握りしめた。手を離すと下は深い淵だとおもった。道行く人が教えた:「恐れるな、手を放しても下に水がない。」盲者は信じることなく欄干を握りしめ、わめきつづけた。時間が経ち、手がつかれ、手がはなれ地面に落ちた。苦笑いして云った。なんだ、地面だと知っておれば、苦しまずにすんだのに。]
この小話を読んで、ひとつ賢くなった。盲目でなくても、日常この本の盲者の行動に似たふるまいをすることがある。状況が把握できておらず、無策が根本原因で、事が起これば自信があるはずがなく、事態を傍観するしかないのだ。
事件とか事故は、原因となる構造的基盤が必ずあり、これを見抜くことは不可能ではない。それができれば、どんな出来事も恐れることはない。この物語にでてくる盲者のように、深みに落ちることを恐れて、欄干を放すまいと懸命にしがみつかなくてもよい。“手を放しても下が地面”と知っておれば、大胆に手を放そうが、なんら恐れることはない。
云うことは簡単ながら、小話の背景にあるニュアンスは複雑である。これは、編集者が自分の経験と当時の実話を重ねて作り上げたものであろう。劉元卿が明朝隆慶年間に“会試”[科挙試験の一。郷試合格者が受ける。]に臨んだ頃は、“對策に時弊を陳ぶるを極はむ、主者敢えて錄せず”[対策に時弊を述べすぎ故に、主考官の判断で不合格とする]という時代であった。こんな目に遇って、当時の官吏の度量の狭さに愛想をつかしたのだろう。彼の思想は、平身低頭に反対で、大胆に手を放そうとする傾向がある。
大胆に手を放すには、実状を熟知することが前提となる。大胆、小心は別にして、もし実際状況を知らなければ、手を放そうが、放すまいが、盲目的であることには変わりない。もし実状を知らずに、盲目的に手を放すことを提唱すれば、その結果は、盲目で手を放さないより悪い結果を招くことになる。即ち、盲目的手法を行ってはならないのである。
こう見てくると、橋の下に水がないことを知らなければ、落ちかけた時に欄干にしがみつき、手を放そうとしないのは、あたりまえで、誰でもすることだ。問題は、道行く人が、橋の下に水はないぞ、大丈夫と教えたにも拘わらず、欄干を放そうとしなかった。これは賢明でない。結果的には手がつかれ、欄干にしがみつききれず、手を放し落下した。下が深い淵であれば、盲者はとっくに死んでいた。幸い下がかわいた地面であったから、手を放しても、地面に立つことができ、安全であった。ここでもう一つの道理が証明される。人は、自身の体験を通してのみ、事物の真相を知ることができる。こうみると、小話の含蓄には深いものがある。
といっても、この解釈では、まだこの小話がもつ意味を言い尽くせていない。あるプロジェクトで、調査不十分を気にしながら、目をつぶって実行に移すケースでは、盲目的のそしりは免れない。また、周囲の意見が有益で、正鵠を得ていたとしても、責任者に能がなければ、これらの意見が正しいか否か判断ができない。異なる意見が飛び交い、真相がだんだんぼやけてくると、ひとまず各種意見を、一旦棚に上げして、後日の実証を待つことにする。やっと全景が現れはじめたら、条件が変化し次の段階に移っており、また新しい悩みが増えるのである。これが、先の盲者の、もっと早く手を放しておけば、苦しい思いをしなかっただろうにと、同じことだ。
これと反対のケースで、大失敗をおかすことも考えられる。例えば、手を放して落ちた場所が、深淵でもなく、水のない川は同じ条件でも、全身大怪我を負ったとすると、この度の怪我がもとで、心配性になり、平坦な道を歩いていても、いつ転ぶかが心配でたまらなくなる。これは、困りもので、このような病的情緒は早く治療せねばならない。
ここまで述べてくると、つぎに『荀子』の『修身篇』にでてくる二句が、これを承けることに気が付いた。荀子は云う、“良農不爲水旱不耕;良賈不爲折閲不市場”
書き下し文「良農は水旱の為に耕さずんばあらず。」「良賈は折閲の為に市せずんばあらず。」
現代語訳[農業のヴェテランは、水不足でも耕作ができる。賢い商人は損しても商う]。
このとおりでしょう。農民は干害や水害を恐れて、百姓を休めますか。商人は、損するのを恐れて商売を休めますか。
我々の肝っ玉は坐っており、どんな危険な山道だろうが、走破していく。我々はいま空前絶後の偉大な事業をおしすすめている最中だ。革命家なのだ。危険があるから、革命をやめますか。我々が今やっていることは、たまに失墜することがあっても、慌てることはない。“手を放せば地面”であることを知っているからだ。
訳・北 基行
【 掲載当時の時代考証と秘められたメッセージ 】
「放下即实地」ひとそえ
中国古典講読会とは関係のない個人的な話題で恐縮です。中国駐在を終えて退職してすぐに京都のNPO「ロバの会」に入会しました。年会費を払って、ほぼ毎週「猫の手」と嘯きながら、ボランティア作業を続けています。多くの先輩会員の努力でコロナ禍や資金難を乗り切り、新規会員が増えて運営も徐々に整備されてきました。
視覚障碍者が日常生活の中で必要とされる暦や通信販売カタログといった情報を音訳したCDを全国の必要とされる皆さんに無償で送ることを主な活動としています。音訳する対象は針灸マッサージ師検定試験問題集、風流小説、俳句集そしてプロ野球選手名鑑までいろいろと広がっています。
2025年が「ロバの会」創立50周年に当たるので、何か記念活動をしようと協議した結果、『ハンセン病文学全集(皓星社)』の音訳記録を再校正してCD化することになりました。
視覚障碍者に『ハンセン病文学』を届ける前に、会としてハンセン病を知り、社会での位置づけを把握することからスタートしました。かつてハンセン病の後遺症は視力や指先の感覚を失わせたため、点字を舌先で感知する「舌読」に頼っていた例を知ったところです。
文・井上邦久
「放下即实地」 原文
这几天整理旧书,偶然又拿出明代刘元卿的《应谐录》,翻阅其中有一则写道:
“有盲子过涸溪桥上,失坠,两手攀楯,兢兢握固,自分失手必坠深渊。过者告曰:无怖,第放下即实地也。盲子不信,握楯长号。久之,手惫,失手坠地。乃自哂曰:嘻,蚤知是实地,何久自苦耶?”
看了这个小故事,觉得很有启发。有的人自己虽然不是瞎子,但是平常遇到某些事情,实际上却很象这个故事中的瞎子所表现的。这是为什么呢?根本的原因 是由于不了解实际情况,心中无数,所以遇事没有把握,不知如何是好。
其实,任何事情都有一个底,不是不可捉摸的。因此,遇事完全可以不必害怕,不要象这个故事中的瞎子那样,生怕坠入深渊,拚命抓住桥楯,不肯放手;尽管放心大胆地撒手,要知道“放下即实地” ,又有什么可怕呢?
当然,这个故事的背景和含义也不简单。它大概是编书人根据一些流行的故事,结合了自己的切身经验写出的。因为刘元卿自己在明朝隆庆年间,参加“会试”的时候,“对策极陈时弊,主者不敢录”。有了这一段遭遇,使他深深地体会到当时的官吏们太胆小了。所以,他的思想倾向于大胆放手做事的一面,而不赞成畏首畏尾的态度。
所谓大胆放手是以了解实际情况为前提,这是非常明显的。如果不了解实际情况,那末,无论胆大也好,胆小也好,也无论放手或者不放手,同样都只能是盲目的。假使不了解实际情况,而盲目地提倡大胆放手,其结果可能比盲目地不放手更坏。换句话说,任何盲目的做法都是要不得的。
由此看来,那个瞎子既然不知道桥下没有水,而失手下坠的时候刚好又抓住了桥楯,那末,起初他紧紧地抓着桥楯,不肯放手倒是完全合乎情理的。问题在于后来过路的人已经告诉他说,不要害怕,放下就是实地,这个时候他仍然不相信,还是照旧抓住桥楯不肯撒手,这就太不聪明了。结果他的手一定疲累不堪,终于抓不住桥楯,而失手下坠了。如果桥下真有万丈深渊,他就一定要摔死。幸亏桥下的确是干涸的实地,使他失手之后,立刻脚踏实地,毫无危险。这里又证明了一个道理:人必须经过亲身的实际体验,才能知道事物的真相。从这一点说来,故事的含义就更深刻了。
但是,我现在还觉得对这个故事的含义,作这样的理解仍然是不够的。有时办一件事情的时候,由于调查研究工作做得不够,总觉得自己带有某种程度的盲目性。甚至周围的群众也提出一些有益的意见,反映了苦干正确的情况,只是自己因为心中无数,也无法判断这些意见和情况的正确与否。反而觉得人们议论纷纷,真相不明,不得不把各种不同的意见和情况,暂时都搁在一边,等待以后的事实去做证明。到了事实完全弄清楚的时候,有些问题又事过景迁了,心里感到十分懊恼。这正如那个瞎子说的,早知道放下即实地,又何必自讨苦吃呢?
与此相反,也有一种情形使自己吃了大亏,好比失手下坠,桥下虽非深渊,却也不是干河,以致自己浑身受伤。经过这一次吃亏,后来就胆小得厉害,即便走在非常平坦的路上,每走一步也害怕跌倒。现在想起来,这样也很糟糕,必须克服这种不正常的情绪。
在这里,我又连想到《荀子》的《修身篇》中有两句话很重要。他说:“良农不为水旱不耕;良贾不为折阅不市。”可不是吗?农民怎么可以因为怕水旱灾害就不种地了呢?商人怎么可以因为怕赔钱就不做买卖了呢?
我们对于任何崎岖艰险的道路,都要有胆量走过去,因为我们做着空前伟大的事业。我们是革命者,难道我们害怕危险就不革命了吗?我们在工作中,只要了解实际情况,即便偶然失坠,也不会心慌,因为自己完全知道“放下即实地”啊!
木下 国夫・藤井義則 校正
燕山夜話 第3集2話(通算61話)「放下即实地」